- 霧の軽井沢 -



 これは単なる備忘録である。雨でしかも霧があり、浅間山など全く望めない寒い軽井沢の10月。今年は何度かここを訪れることになっていのだが、それは愛着あるこの土地にこの年になっても呼ばれる筋合いだろうか。
 霧ふかくとも、この地に暮らす人びとはセンターラインさえ見えれば車を運転する。
 とある場所にいたわたしはあまりに煙草が吸いたくなり、一杯の珈琲も欲しくなり、外に出て、一番近くあった店に入った。
「珈琲だけでもいいですか? こちらは禁煙ですか?」と、わたしを出迎えてくれた店の人に訊けば、「そこに灰皿があります」と外にある木のベンチの上を指差された。
「では、一服したら中に参りますので、珈琲を」とわたしが応えれば、「はい」と笑顔が返ってきた。
 ベンチは軒下にあるので、わたしは肌寒いが傘をたたみ、濡れる必要もなく雨模様を眺めながら煙草を吸った。珈琲が待っていると思うと、早めに一本を吸うのがよいかもしれないが、愛煙家にとっては、その一杯よりもその一本であったりするのだ。天候が雨でもかまわない、その一本、それは自分の手で巻いた煙草だったりするので尚更なのだが、人が一息入れる状況に在り、それを急いたりしたくないのが人生の一時だろう。
 わたしはこの日、役割のために軽井沢に来ていた。だが軽井沢は大好きな土地故、どのようなことがあろうとも、わたしがこの地を訪れる場合、楽しい。愉しいという漢字を使ってもよいが、この土地を名指すわたしは、楽しいが、今はよい。
 土地の名というのは面白いもので、軽井沢は「かるいざわ」といわれながらも「かるいさわ」と発音されることもある。しかもイントネーションは土地以外で暮らす人たちと、その周辺に暮らす人びとでは異なる。
 店の中は時間が止まった、というようなありふれた言葉をよい意味で使用してこちらが恥じることない空間だった。喫茶だけでなく料理もある。わたしを扉の外から案内してくれたのは黒髪の初老のご主人だったが、わたしが愛すべき一服を終え、店内に入る頃を見計らって珈琲を持ってきてくれたのは白髪の女将さんだ。アンティークを扱っている店内では、時計の刻む音と、ラジオFM軽井沢から流れてくる静かなお話がわたしの一時を包んでくれた。
 このような写真をあげるのは甚だ愚かな行為だが、これはわたしの2017年の出来事の記憶として、ひとつ…こういうSNSやBlogにわたしがおらなくなることがあるとしても、こうして今、このことを置いておくことで、わたしが、忘れないために。


 ええ、また行かなければならないのだから、ね、そういうこと、だわ。








 写真は霧の軽井沢。そして美味しい珈琲。




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