Epiへ

 親愛なるEpi……今日は、あなたのことを、そう、呼ぶことにするわ。
 あなたの顔を初めて見た時、私は薄明かりのカフェですれ違ったひとりの紳士を思い出した。
 そんな経験が果たして在ったのかどうか。
 でも、あなたの顔は、私の血の中に滲み込んだ遠い昔の記憶を呼び寄せる。
 あなたの眼差しは、黒い珊瑚のような光があった。
 それは月夜の晩、私に花嫁衣装を着せ、海の中に足を踏み入れさせようとする。
 あなたの瞳は水の中の黒い巨大な皿となり、私を迎える。
 私はその時、無駄におしゃべりをする小さな貝たちの言葉を封じ込めたい。
 胡座のあなたの上に座った私は、背中を開き、柳のような背骨を揺らすだろう。
 あなたは私の姿が気に入ったのだろうか。
 そう、私はジーンズの似合う華奢な足を持ち、植物的に微笑む。
 あなたには私をただの可憐な女と見る意識がないらしい……だから、好き。
 シャンパンのような水しぶき、鐘楼に落ちる鈍い光線。
 そこで、あなたはイヴのような私を仕留めようとするだろう。
 四つ辻で遭遇する、黄ばんだ目をした老人。
 彼は、埃っぽいブルーズを歌うように言葉をかけた。
 ……もう、通り過ぎたよ。
 私は恐らく、あなたと賑わった市場の近くで再会するだろう。
 迷路のようなくねくねした道を通り過ぎた後、石で出来た大きな建物の角でばったり遭遇するのが、よい。
 丘の上の尖塔が西日に照らされる午後がよい。
 その時私はどんな姿をしているだろう?
 慈善を愛する修道女、それともめかし込んだ軽業師?
 妖精である私は背中の羽根を取り外し、それを薄い布に変え躯に巻きつけているだろう。
 それは羽衣。
 羽衣の匂いとは、母親のような匂いだろう。
 私は母親という存在ではないが、甘たるく、煮込んだ野菜のスープの香りが滲み込んだような懐かしい匂いがするだろう、羽衣とは。
 そして忘れてならないのは、ブーケの香り。
 少し長く生きた女の肉体には、必ず、少し草臥れたブーケの匂いがしているはず。
 しかし、あなたは私に逢ったことを忘れるだろう。
 何故なら私は、記憶をスープ鍋の中で煮込み、ドロドロに溶かしてしまうのだから。
 Epi、あなたは、サジテール。
 そして私の今宵の名は、Phone(音)。 
 エパミノンダス(Epaminondas)、もしかしたら、それがあなたの本当の名前かも知れないわ。
 夕立が訪れる前に現れた、涼し気な黒い蝶。
 それは今日も、品のよい麻の着物を纏った愛人のごとく、私の庭を彷徨い、冷やかすように飛び去った。
 ディアボリックとまではいかなかったか……
 四十八時間、私は煮込まれました。
 ですから、あなたは、二十四時間、私を愛撫しつづけてください。
 純情の仕草を招き入れるためには、あらゆるナンセンスを超えた複雑な鐙骨が必要らしい。
 そうして、カードに夢中になりがちな私は、眩い水際から、離れられない。
 あなたの耳(Epi)に、私の言葉は、届くのかしら?

 天井に、YES。



              ~著書『YES』より抜粋


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 Risaからのお知らせです。
 9月10日、下北沢leteにて、ライヴをさせていただくこととあいなりました。

 出演 桜井芳樹(g)&桜井李早(vo)
 会場 20:00
 開演 20:30
 前売 2500 yen
 当日 2800 yen

 お問い合わせ、ご予約は、lete まで、よろしくお願いいたします。




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 『YES』桜井李早:著/MARU書房

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 ..* Risa *¨