切れない、切らない

 そう、髪を切る気になれないのである。
 こんなに長いのは、生まれて初めてかもしれない。
 あれは確か、1990年から1991年にかけて・・・私は結婚するに当たって、髪を伸ばしつづけたことがあった。
 結婚するために伸ばしていた、というより、結婚式のために伸ばしていたと言った方が正しいかもしれない。
 白いウェディング・ドレスではアップに結い、お色直しでは思いっきり長い髪でいたかった。
 式、披露宴ともに、夕刻だったので、私はあえて、肩が全て出るウェディング・ドレスを選んだ。これは、貸衣装ではない。今では実家に思い出の品として仕舞われていることと思うが、本当にシンプルな白いドレス、しかし、背中に大きな羽根のようなリボンが設えてあるというデザイン・・・私が自ら選んだドレスであった。
 本来、花嫁は肩を出す事をあまり喜ばれないということも耳にしていたが、それでも、首にチョーカーをすることと、白い手袋をつけることで、許されるのだとか。なので、両方とも、身につけた。

 私は学生時代、声楽科という学部で学んだので、足が全て隠れるドレスというのを何度も着て歌った。コンサートでは、足を出さないという何か決まり事のようなものがあるゆえ、例え学生であっても(我が学校では)、必ず完璧に長いドレスを着る必要があった。大学1年の時、私は白いドレスでアリアを歌った。これは実は、ウェディング・ドレスとして販売されていたものだった。2年の時も、やはり、白いドレス。これはジョーゼットで躯にしっとりまとわりつくような衣装だったが、これは友人から借りたものである。いくら声楽学科の学生だからといって、毎年毎年、このようなドレスを購入するのもかなりの出費なので、そこは友達同士、お互いに貸し借りなど、するのである。3年のコンサートでは、色のあるドレスを着たかしら? そして、4年の時も、白だった。
 同じ様に学生時代、国営放送がプレゼントする年末のハイライトとされているベートーヴェンの『No.9』の合唱に出演した時も、白く足の隠れるドレス(これは当時大学側で決めていたもの)、そしてその次にも、やはり、同じ国営放送のオーケストラとの公演でバッハの『h-moll-ミサ』を歌った時も同様のドレスだった。
 その学生時代も髪は長かった。長い髪を時には編み上げたり、垂らしたり。

 白いドレスと、長い髪(アップにしても)。
 どうも、これは私の正装のスタイルにすら思えてくる。

 ところで、その昔むかしの披露宴のお色直しの衣装は、打って変わって黒をベースにしたドレスを選んだのであるが、その時、忘れてならないのが、黒いレースの手袋だった。
 何だか、『白鳥の湖』の白鳥と黒鳥のようなバランスの花嫁が出来上がったわけである。
 白い時は、清純に髪を結い上げ、黒い時は、長く垂らす。
 思うに、私は、このような「式」の場でさえ、白と黒、光と闇、聖と俗・・・のようなものを心に描いていたようである。

 ただ、今、髪を切ることができずにいるのは、また別の<流れ>のようなものに引かれているせいなのだろう。
 この髪を切るのが、いいのか、悪いのか・・・確かに、夏・・・長いと暑い・・・暑いし、痛みやすいわ。

 だが、こんなに・・・胸のラインよりも、もっと長く、髪を伸ばしていられる時間も、それほど長くはないような気がしてるのだ。
 私の髪は薄くはないが、白髪は少なくない方だろう、そして真っすぐではなく、少し癖もあるので、フワフワしている(私という人間と同様に)。
 何しろ、最初の白髪というのを発見した(発見された)のは、小学校3年の時だった。クラスメイトに、そのたった一本を指摘されて、ゾッとした記憶があるが、その優しいクラスメイトは、「若白髪ね、若白髪の人って、天才なんだって!」と、笑って私に言うではないか。・・・まさか・・・とは思いながらも、それを信じてみようかなどと幼心に、拳、握ったものだったが、そんな気配はいつまでたっても、サラサラない。しかし、白髪というものが何だか身近になった少女時代、私はそれを悪いものでもないと感じるようになった。そもそも、私は瞳も茶色いし、髪の色もどちらかというと茶色かったのである。
 
 よって、少女の頃から、真っ白な髪に憧れたりも、した。
 ちょうど、その小学校時代、私は「上海舞劇団」の公演で、『白毛女』を観たことがあったのだ。これは、中国の文革時代にヒットした物語であり、実際には、中国の歴史物語として有名な作品であるが、猛烈にバレエをレッスンしていたその頃の少女の私には、彼らのアクロバティックな踊りがかなりショックであり・・・西洋のクラシック・バレエに見る優雅さとはまた異なったスリル、及び魅力ある振り付けは、今でも忘れられない。この「上海踊劇団」のプリマは、当然、トゥーシューズを履いて踊る(飛び回りながら)のだが、その靴の色がピンク色でなく、赤だった記憶がある・・・それも、私に与えた刺激のひとつだっただろう。とにかく、華麗な空中サーカスを観ているような浮世離れしたステージだった。

 というわけで、私は将来、真っ白な髪でありたいのだ。
 その時は、乳房が隠れるほど、長い髪では、いられないかもしれない。

 そう思うと、今は、この長い髪を楽しんでいたいのだろう。


 切れない、切らない・・・


 keep on.......


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