愛と自由 / 或いはポールとシリー

 彼女は銀のスプーンに乗って貝殻細工のような白さで蒼ざめた彼の寝室に現れた。


 無闇に弾けるような笑顔を浮かべて彼女は彼の前に役者じみたポーズで立ちはだかった。
「何を見ているの?」と聞けば、彼はベッドの中で言う。
「星々・・・」と。


 ふたりは窓辺に立って、空を見上げたと、想像しましょう。
 シルクのガウンを纏って、彼女はやって来た。
 洗いたての髪に、裸足。
 彼は心に傷をおっていて、少し孤独そう・・・猫と一緒に暮らしていて、背負わなければならないこともあるわ。
 彼の名はポール、彼女の名はシリー、とでも、しておきましょう。
 吐く息は煙のように宵闇に悉く消え、部屋の灯りは鈍く、外を歩く人影もほとんど見当たらないどこかの街。


「君の言葉を真実とは思えなかった」と、ポールはシリーに言う。
 ・・・私だって、信じてなんかいやしなかったわ・・・と、彼女は心の中でつぶやく。
「出会った人、別れた人、蒼い目、緑の眼、茶色の目・・・でも、僕は今、君の目しか見ていない」と、彼は星を眺めながら彼女に言う。
 ・・・嘘つき、あの星の数ほどの女に愛されて不思議はないのに・・・と、彼女は思う。
「君はいつも自分の言葉で僕に返事をする。僕の言葉の後を追うように、君は言葉を想像して返す」
 ・・・そうよ、それでなければ、面白くないじゃない、あなたの言葉で喜ぶ女はそれこそ星の数ほどいてね、でも、私は違うの、喜ぶだけの女では、ないの・・・と、彼女は無言で澄ましている。
「君の言葉を聞くと、僕の行動は止まってしまう、休止してしまう、混乱させる。そしてそれはいつまでも色褪せず、ここに留まる・・・」
 シリーは少し呆れた。


「私はあなたの言葉を台無しにしたことがあったかもしれなくてね・・・あの星の下の詩よ・・・私は甘く優しい誰かの声の上に私の言葉を突き落として、あなたのお気に入りの詩を粉々にしてしまったかもしれなくてね、きっと。それこそ、星屑のように。つまらない小道具を持ち出して、皮肉に容赦なく」
 強引なことをしたと、シリーは忘れられないのだ。それがポールにどのように映ったかなど、今となっては、どうでもいいこととなったが。


「からかわれていると思わずにいられるかな? 君は何でも持っている。そして僕に与える。しかし、君は遠い人だ、僕にとって。それは、幸せなことではないし、疑惑が浮かんだところで当然じゃないか? 冷たい炎さ。残酷だ。未来があるなんて、僕は思うことなどできない、いや、できなかったあの頃、この汚らしい糞と思って・・・何もかも乱暴に投げやりに、何もかも嘘と嫉妬と怠惰で埋もれた世界だ・・・信じられるものなんて、ありゃしない、君を信じるにあたってさえ、それは、ひどいことだろう? 何がある? 何も無い、何も無い、君を避け、行き当たりばったりの生活をして、ゴテゴテした手に届くだけの快楽を貪り、気違いと誤解されるくらい堕ちた。世界と女、男、全てに仕返しするように」
「そうでしょうね。あなたは惨めを装った。忌々しい世界を突き放そうとしてね。そういうことが長く続くはずもないのに。見ている側も惨めになるくらいに血迷って。お馬鹿さん。でも、あなたが歩み寄ったのよ。解る、ポール? 私はあなたを助けたかった、本当はただそれだけだったのに、あなたが私という女を作り上げたのかもしれなくてよ?」


 夜空はゆっくり回っていた。
「シリー、君は僕を放浪者と言っただろう?」
「言ったわ」
「僕の先祖は、大変な家系なんだよ」
「でしょうね、この嘘つき(微笑)!」
「その中で僕は厄介者で・・・」
「私も厄介者よ」
「あの時、君は正直者として僕に言葉を注いでくれたね」
「ええ、本当ですもの。そして、私、知ってるわ・・・あなたが私を偶像のようにしてしまった理由を」


 ポールは夜空を眺めてつづけていたが、シリーの横顔を見た。彼女の放心したような歌うような笑顔が好きなのだ。
「何?」
「私が言った、あの言葉よ・・・『この奇妙な世界に一緒に留まっていましょう。名前の無い時間を見つけるために』」
 ポールは苦笑いした。
 今度はシリーが星から目を逸らし、ポールを見やった。
「あなたというロマンティックに、私は騙されてやろうと思ったの・・・」
「ありがとう、シリー」
 彼女は彼のおっとりした微笑が好きなのだ。
 ふたりは再び夜空を見上げていた。


「僕を君の世界に連れていって、シリー・・・」
「あら、私こそ、今、あなたの中に入っているわ」
「いや、あの星くらい遠い、君との距離は」
「いいえ、あなたと私はもう何世紀も前に出会っているのかもしれなくてよ、かつて出会った場所に、あなたは行こうとしているの? それとも、未来? 未来なんて、無いかしら? さあ、お答えなさい、未来はあるの、無いの? yes or no・・・それもいいでしょう。でも、私は永遠を信じているの」
「僕はいつも渇いている」
「私だって渇いているわ」
「距離を無視して、渇きを癒して・・・」ポールはシリーの腰に腕をまわしながらつづけた・・・
「冬は試練の時だ・・・ああ、シリー、がっかりさせないで。君のように接してくれる人はいなかったかもしれない。もしも君ともっと前に出会っていたら、と、僕は感じる。僕は初めて恋をしたのかもしれない、そう、最初から君は僕に優しかった」
「そう? 私はずっと水の中にいたの。あなたがあまりに水しぶきが好きなので、ここに来てしまったのよ。私をここに導いたのは、あなただった。この世界にいるための行動を、あなたが教えてくれた。あなたが私を見つけたのよ。でもね、水の近くで私を叱らないで。そこで叱られると、私は水の中に消えてしまうから」


「夏に、僕は君が水しぶきをあげて泳ぐ姿をみるだろう」
「私はあなたの窓辺にいるわ、いつも」
「それはいつも夢の世界なんだね」
「そうかもしれない・・・ねえ、とても、寒いわ。あなたは今、夢の中と言ったけれど・・・」


 二人は窓辺を去った。
 星は輝いていたが、12月の夜風に靡いていた。


「こんがらがった」
「そうらしいわね」
「今、ひとつの星が炸裂した」
「冷たい炎よ、蒼い炎」
「地球は蒼い、僕たちはさしあたり、何をする?」
「地球が蒼い、それが私を泣かせるわ」



「眠れないわ、接吻して」
 シリーは泣いた。
「子守唄を歌ってあげよう、可愛い人・・・」
 ポールは囁いた。
「その美しい躯全体に、優しい接吻をあげよう」



 ポールとシリーの小惑星
 愛と自由は、とても似通っていて、このように相性がいい。

 そして、愛と自由とは、求めた場所にのみ、飛んでいく。

 

「がっかりさせないで」



 愛と自由は、目覚めた瞬間、その言葉を発した。


 

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