Garnet and "L'HEURE BLEUE"
私が不在のとき、あなたが不在のとき、ふたりで旅に出るとき、私はガーネットを首につける。
これは1月の誕生石、そして、十字軍が昔遠征に出る時お守りとした石、アレキサンダーが大切にした石、絆、血、真実、愛・・・。
私の持つこの石の形は十字。
私の持つこの石の色は真っ赤。
どこを歩いていても、この家の中にとどまっていようとも、私はこの血と絆と愛と真実に守られた石と共にいることによって、危険から遠ざかることができるわ。
この十字のガーネットのペンダントトップは、以前プラハの街で買ったもの。
時計塔の近くのお店にふと入って買ったガーネット。
この時計塔は市庁舎でもあり、15世紀に造られ、西洋でも最も有名な時計塔。
骸骨の姿をした死神が、一定の時刻になると時を鳴らすわ・・・そうすると、聖人たちが小さな窓から次々と出て来てクルクル回る絡繰りになっている。
ここは、それを観る人でいつも賑わい、また、待ち合わせの場所でもあるわ。
そんな待ち合わせの場所が、時を打つ場所・・・死神が刻む時よ・・・<死の舞踏>と呼ばれた絵が西洋のあちこちに残されていたりするのだけれど、それは、中世、ペストの流行によって語られた言葉・・・つまり、どんな人も、皆、最後には死んでしまう・・・いくら富んだ人生であっても、貧者であっても、最後には死の扉が待ち受けていて、人々は皆、手を繋いで死者の国へ行く・・・そういう思想よ。
私はそれを少しも怖いとは思わない。
でも、突然、思いもせず、失うことは、厭。
厭よ、正直な私はそう、感じる。
だからガーネットをあのプラハの街で欲しいと思った。
それは午前中のことで、私がガーネットを手に入れて広場のカフェに腰をおろしたら、あの時計台が回転し始め、死神が音を鳴らし、聖人たちが現れた。
それは今からちょうど10年前の8月のチェコでのことだった。
"L'HEURE BLEUE"・・・これは、ゲランのちょっと高価な香水。
カトリーヌ・ドヌーヴが好んでいると聞いたこともあるけれど、ハート型の瓶の蓋が綺麗。
香水の瓶というのは、どれも趣向を凝らしたものが多いけれど、私はガラス瓶が好きだった。
ガラスは割れると怖いのだけれど、でも、よく造られたガラスとは、重く、しっとりした手触り。
バカラのグラスも持っているけれど、このグラス、疲れている時に持つと、私の腕では重すぎる。
この"L'HEURE BLEUE"は、1912年にゲランが作った香水。
"青き時間"とも訳されるのが一般的なのだろうか。
そして、これが、パリの香りなのかどうか、私には、わからない。
わからないし、この香りは少し清潔好きな日本人には強いかしら?
若い娘さんには、あまり似合わない香りかもしれなくてね。
そうよ、この"L'HEURE BLEUE"がパリの香りなのかどうか、私は知らない。
知らないけれど、この香りをゲランが作ろうとした時代、第一次大戦が始まろうとしていて、彼はチェイルリー宮殿を歩いていた・・・それは、夏の黄昏時で、陽が傾き始め、空の蒼が秘かに変化するような時刻・・・。
蒼は、青春とも感じたいけれど、その蒼を懐かしむ年齢に差しかかった女性の心を醸し出す香り・・・ゲランは、20世紀初頭のパリにそのような色を見出そうとしたのでしょうね。
女たちよ、美しくあれ、と。
そして、愚かなジェラシーや、日々の憂鬱(BLEUEには、青だけでなく憂鬱のようなニュアンスもあるわ)を、我がものにするように、生気ある姿で歩きなさい・・・と、呼びかけたかったのでしょう。
パリを、少し、想う。
昨日書いた曲の一部は、川に流した。
明日は、もう少し重さがなければ。
それでも、私はこの蒸暑い東京の夏にあって、死神の時を忘れ、うっすらと汗をかいた私の首筋に、"L'HEURE BLEUE"の風を感じる。
今日、8月15日、終戦記念日の私は、ガーネットと"L'HEURE BLEUE"に覆われていた。
全ての人に平和な心がありますように。
どこかに・・・だれかに対して・・・少しの妬みや残酷を持つ人を見たとしても、私はここにいる。
私たちは・・・人々は手を繋いで、どうしても生きていく必要があるのだから、その術をより多く知らなくてはいけないわ。
姿を見せない者は、真実から遠ざかってしまうかもしれなくてよ。
姿とは、様々なもの、どんな姿であっても、それは、正直な姿であれば、信じる人が必ずいるわ。
どうせ生きるなら、ただ、よく、ありたいだけでしょう。
違うかしら?
パリは今頃、夕刻・・・"L'HEURE BLEUE"の涼しい風が通り過ぎる時刻。
私はしばしガーネットを首からはずし、死神がやってくるかどうか、試してやろう。
死神?
私、あなたをも、愛しているわ。
ええ、時を刻みなさい。
それゆえ、私は、生きる必要があると、知らされるのですから。
・・・私をたった今、パリに連れていって。
without make up; wearing the most natural clothes; with a Garnet and a little "L'HEURE BLEUE".
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