焚火



 カラマツの林がすぐ裏手にある信州の山荘に、私は昔から度々訪れることがあるが、その山荘の軒下には、一年中、薪が用意してある。
 ふと、綺麗に晴れた東京の空を眺めながら、そこを訪れたい衝動にかられた。
 テラスは木造で、庭もまずまずの広さである。
 私は、その庭で、焚火がしたいらしい…いや、焚火というと、枯葉を集めてする光景だわ。
 そうではない、もっと、大きな火が見たいらしい…その、軒下の薪を全て燃やすような。
 パチパチという音を立てながら燃える炎。
 時々、こちらに乱暴に飛んでくる小さな火の粉。
 照り映える顔…火を挟んで、向こう側にあるもうひとつの顔を目を細めながら眺めれば、そこにあるのは、渋い影を浮かべた表情。
 ねえ、私は、こちら側で踊っているのですから、歯を見せるような笑い方をしては、駄目よ。
 静かに、笑え。
 私はポーズで、向こうにいる人に、伝えるでしょう。
 私は踊りながら、あなたの方に動き、あなたの顔に、紅い絵具を塗るわ…。
 まずは、目の下に、それから、炎に照らされた頬に、そして、最後には、薄笑いの口元に。
 冬なのですから、冷たい顔をしていては、いけないわ、温かい顔になりましょう。
 外は寒く…さあ、中に入りましょう。
 ブリの照り焼き、キノコのバター・ソテー、大皿に盛りつけた野菜は、手づかみでいただく。
 ワインは、安くてもいいわ…酸っぱく無くて、ほんの少し、ブーケの香りがしていれば。
 だって、それを光にかざしてみるだけで、喉も心も、満たされる。
 切り身の魚、皮もカリッとして…。
 〆はお茶漬けよ、このブリの皮を刻んで、そのお茶漬けに入れましょうか? 
 野沢菜と一緒に、あ…ほんの少し、山椒の実もね。


 この、私が幼い頃から愛した場所に、誰かが来る時、その場所に、変化が起こり、日一日と古くなる新聞が重なっていくような、湿り気と記憶が保存されていく。


 愛を込めるような目で眺めてみれば、それらは張りめぐらされているゆとりある窓から差し込む朝の光に輝く。
 そして、それが、どうしようもなく古びたものに見えたなら、或る日、それを、焚火の中に丁寧にくべていくことも、可能だろう。


 が、愛した場所ゆえ、私は、愛せない友を、そこに招くことは、生涯、ない。


 と、すると…


 焚火は、あくまで、時を燃やすだけであって、重なりつづけるはずの映像は、その炎を背景に、照らされる影絵のように、山荘の部屋の壁に映るだろう。


 私があなたを迎え、そこに共に侵入する時、愛する土地は、カラマツの葉を焼き、美しい光景は、向こう見ずな嘘を、本物にする。


 これが、私の愛する土地の、昔からの、絵。






  Risa Sakurai / 桜井李早© - 2007年 冬