1月11日、カルメン・マキさんのライヴ@Soul玉Tokyo



 一週間前になるのが、1月11日は、カルメン・マキさんのライヴを拝見しに阿佐ヶ谷Soul玉Tokyoへ。
 この夜も、マキさんは素晴らしい歌で私たちを物語の世界へ運んでくれた。マキさんの表現は聴く度に、私に刺激を与えてくれる。そうして、私が作曲した曲たちが、時を重ねるうちにマキさんのものとして育っていってくれることが何とも嬉しい。
 私がこれまで楽曲提供を行ってきた経験の中でカルメン・マキさんほど、御本人が私の作曲した作品を歌っていらっしゃる姿を拝見して、胸が熱くなる…締めつけられるような気持ちになった方は今まで無かっただろう。
 この晩はギタリストの桜井芳樹氏との共演だったが、彼の音は柔らかく、優しい音色だった。
 アンコールには栗コーダーカルテットなどでおなじみの川口義之氏が登場し、ブルージーサキソフォンを。ギターのカッティング、自由に歌うマキさんの歌-魂(…野に華麗に咲く、ジプシーのようだった! だって、カルメン・マキさんなのですもの、ね! )、そこに寄り添う川口君。

 そして、Soul玉Tokyoのオーナーである矢野間健さん、素敵な夜をありがとうございました。
 私はこの日、久しぶりに矢野間さんにお会いできたのだ。氏とはかれこれ30年近いおつきあいになるだろうか…かつては杉並のマンションの一階と二階に暮らしたこともあり、何より、矢野間さんも素晴らしいシンガーなのである。
 同じテーブルでライヴを楽しんだ素敵な方々…Painter Kuroさん、渡辺宏さん、長谷部道代さん、和泉昇さん、夏 瞳さん、ありがとうございました。




 そのように愉しい土曜日だったのだが、帰宅後から私の身体、様子がおかしい。
 翌日曜日は熱と口の奥の痛み、辛辣なリンパの腫れと痛みがはじまる。
 この一週間はそんな状態がつづき、おまけに今朝は右足が膝下からしばらく動かなくなるというアクシデント。幸い、足は動くようになったが、今も少しガクガクと。
 こんな調子では車で出かけるのは気がひける。外に行くが、徒で。私、名付けて"Peace Walk"というやつである。乞食王女根性である。
 夕刻はピアノ弾き。実は昨日、夕食時、左の指が痙攣したのだ。手始めにハノンを弾けば、左、明らかに鈍い。バッハを弾く。曲に自分が慣れているという理由で弾けるわけだが、良くない。
 自分の歌、"Minerva"を…美と知恵のために、と、願う心を引き寄せるために。
 されど、心はどこへでも飛ぶことができる。
 私は乞食王女でいいのだな、仮に右足でペダルを踏めなくなったら、バッハを上手く弾くよう努力すればいい。仮に左手の指が不自由でも、弾き語ることはできる。言葉も発することができるだろう。
 それに、歌をうたう者は皆、素浪人である。
「素浪人 月影兵庫 & 花山大吉」…近衛十四郎さん、そして"焼津の半次"役の品川隆二さん…好きだったからな。




 マキさんは、あの夜、'Traffic'の"No Face No Name No Number"を歌ってくださった。
 私の大好きな'Traffic'の"a number"であり、私はマキさんがこの曲をカヴァーしてらっしゃるのを以前聴いた時、感動した。


 "No Face No Name No Number"…顔も名前も、素性もない…
 それは、匿名ということかもしれないでしょ?
 20世紀、1960年代、アイランド・レコードから発表されたそのひとつの曲は、そのような女を詩にした作品であったが、19世紀半ばに産まれた英国の作家、D.H.ロレンス(D.H.Lawrence)は、彼の或るひとつの小説の中でこのようなことを書いている(反射的に抜粋いたします)……




「---------そしてそこには義務というものは存在しえない、行動の基準がないのですし、その次元では理解というものは実らないからです。まったく非人間的であり------------だから責任もなければ釈明も求められることもない-----何故かというに、承認されているものの埒外に出ているのだから----------おわかりにならないのですか? ----------私が求めているのは目に見えない女なのです」




 Risa Sakurai / 桜井李早 :*)