- ガブリエーレ・ダンヌンツィオ噺 -



 ガブリエーレ・ダンヌンツィオ、この人のことをわたしは好んでいるわけではないが、このような噺を今日は記しておこう。それは彼が或る招待を受けた会合での出来事だったという–––


 –––そこではダヌンツィオは文学者としてその場に集う凡ての人々から多大の尊敬と愛嬌を以て偉人の如く取扱われた。彼が満堂の注意を集めながら人々の間を徘徊していると、どういう機会か自分のハンカチーフを足下へ落とした。すると年若い美しい女性が彼のハンカチーフを床から取り上げ、ダヌンツィオに「これはあなたのものでしょう」と言って、彼に渡そうとした。ダヌンツィオは「ありがとう」と彼女に応えながらも、こういうケースにおいてはやはり愛嬌が必要と気を利かせたつもりで、「このハンカチーフをあなたのものにしなさい、進上しますから」と、彼女が喜ぶことを期待して言った。すると彼女は一言の応対もせず、黙ってそのハンカチーフを摘んだまま、いきなりストーヴの火にくべてしまった。その様子を見ていた人々は皆、微笑した。





 自惚れた人に対しての、人間の誇り。
 彼女はダヌンツィオの卑俗に屈することなく、ただ無言で行為した。


 それは、「あなたって、いやらしい、がっかりしました」という意思表明だろう。


 いいじゃない…


 この女性は少なくともフランチェスカ・ダ・リミニのように騙されはしなかったのだから。



 
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