断食考








 結局、お粥より柔らかく炊いた白米を選んでしまった今朝。
 葱とワカメのお味噌汁、梅干し、そして、少し前にそうめん汁を作った時の"だしがら"を利用して作ったふりかけ(上手くできた錦松梅です)、ご飯は中平、高価でもなんでもないけれど"いっちん"–– 蝶の模様の昭和を思い起すレトロなお茶碗に(このようなお茶碗、持ちやすいのですよね)、よく噛んでいただきました。
 が、午後、いくらかふらっとしたり指先が冷たくなって痺れたり。
 これは血糖値が下がった事が原因と思いますが、逆に脳の方は活性されている。
 普通は食を断った後にはスープなどの流動食をと言われているが、私のようなヤセには、それだけでは明日から持たないだろう。
 断食をしたのは内臓を休ませるためで、ついでにお酒も断ちたかったわけで、実際、私の身長は158センチであるにもかかわらず、体重はずっと36~7キロのまま、食べても飲んでも太れない。
 週末で1.5キロ減ったのだが、35.5キロではあまりにお粗末だろう。
 そうでなくとも私の足について、「欠食児童のようだ」と日頃、言う人がいるのだが(笑)、私、かなり歩けるのです、時には5~6時間、休まず歩いてみたりするほど、で、筋肉痛は無し、むしろ、運動不足な時こそ、ふくらはぎが痛んだりする(子供の頃から親しんだクラシック・バレエとスキーは私の筋肉を鍛え、太りにくい体質にしたのだろう)。
 外で食事をする事もあるが、通常、手料理である。
 では何が問題かといえば、加齢は仕方ないとして、夜更かし、習慣としての飲酒と喫煙、そして、怪しい空気か。
 そこにストレスという言葉を私は加えたくないのだが、このような時代となると、誰もが感じる不安や恐れは拭いされはしない。
 そういう時、身体はサインを送ってくるとみえる。
 だから、時には静かに休ませる事が必要で、そのための断食ではあったが、あまり神経質になると裏目に出る場合もあると感じる。
 つまり、私のように痩せる事が目的でない者と、痩せる事を目的とする人とでは断食に対する期待感が異なるという事だ。
 私は間食はしない、1日2食を基本としている。
 甘いもの、については、10代にほぼ生涯分食べたと思っているので、20代以降、特に興味がないのだ。そこに出されれば食べるだろうし、食べたいと思う時には食べるが、それで満足している。
 だいたい、甘いもの=砂糖というのは中毒性があって、癖になると止められないのよ、煙草やお酒と同様で、世間は煙草やお酒には悪いイメージを持っていても、"スウィーツ"については甘い顔をする。思えば私がバレエを止めた頃、とんでもなく甘いものを食べたくなって当然、いくらかポッチャリした。自分でお菓子を作って自分で全部食べてしまう、でもそれは若い時代のほんの一時期で、この時期は笑い飛ばせる時期だし、女性が何かと栄養や何かを欲しがる時よね…私はそれを卒業すると、甘いものを欲しがらなくなった。そして普通に食生活をしていて自然に本来の自分の体型となり、その後、何度かの病気をするうちに痩せてしまったけれど、それでも時間が経つとその体重に身体が慣れ、それで普通に生活しているのだ。こんな事を言うと嫌われるかもしれないが、砂糖は、白いお砂糖は危険なものなのですよ、麻薬同様に、煙草やお酒同様に、過剰に摂取してよい事はなく、お菓子を自分で作ればどれだけのお砂糖や脂肪分を摂るか解る。それがたった一個の甘いパンでも、甘いものを摂り続けている人の身体には脂肪が溜まっていきますから、それを取り除くには、確かに、断食はよい考えかもしれない。そして糖分を摂っている人ほど、空腹が苦しいのではないかと思う。
 しかし、私のように間食をしない者は、空腹にすぐに慣れてしまい、それもいけない、という事を付け加えておく。
 ビールやワインも食事時や就寝前にいただくが、ほぼ決まった量、とはいえ、それが多いか少ないかは人それぞれだが、私、について言えば、外で飲む時や来客がある時以外は一応、制限している(…余所や来客時には10時間以上飲む事もたまにあるが…)。
 だから断食をするというよりも、普段の生活の中での食を見直し、時には身体に悪い影響を与えると思えるものから離れる生活をしてみる事が適当なのだろう。
 食べずにいると、お酒も飲む気にならない、というのが、私である、ゲンキンな者である。

 
 ところで、金曜日に糠床に仕込んだ茄子が今日、凄く美味しい。甘みがあって柔らかく、昆布がまろやかにしてくれたのだろう。ガツガツ食べてはいけない今だが、私にとっては自分でこしらえたものを美味しく、程よく食べ、欲っして障りのない量のお酒でも飲みながら暮らす事がこの年齢に合った生活であり、欲する事を禁じてしまってもこの後の人生が窮屈になる。
 確かに、胃は、そこに物が入ってくれば働かなくてはならない、もの凄い労働、ブラック企業並みに、現代の私たちは私たちの内臓をコキツカッテいるのだ。
 その仕事を休ませ、安定させる事は、人の生活と同じ事。
 少々の断食は、そのような意味で、身体への労りであり休暇と考えていれば、丁度よい。
 過剰になると、それも病という結果になるのでしょう。




 李早